2011 年 9 月 のアーカイブ

第五福竜丸

2011 年 9 月 26 日 月曜日

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9月23日、江東区夢の島にある第五福竜丸展示館へ行きました。1954年3月1日、ビキニ環礁で第五福竜丸の乗組員23人が、アメリカの核実験によって被爆しました。無線長の久保山愛吉さんも大量の放射能を浴び、この年の9月23日に亡くなりました。今年のこの日は、57年目の御命日でした。館内では「第19回平和を語る第五福竜丸のつどい」が開かれていました。第五福竜丸で最年少の乗組員だった大石又七さんも参加されました。「第五福竜丸の被爆と福島の原発事故は、同じ問題を私達につきつけています」と、57年前に体験した出来事を話してくださいました。放射能禍を身体で知っている大石さんの話は説得力がありました。この館にまだ行ったことがない方は、ぜひ足を運んで欲しいと思います。ゴミの山に埋もれていた第五福竜丸を、原水爆禁止の願いを込めて保存した多くの人達の努力が学べます。核兵器、原発、放射能について正確な知識を得ることができます。

「さよなら原発集会」明治公園

2011 年 9 月 22 日 木曜日

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9月19日午後、明治公園で「さよなら原発集会」が開かれました。大江健三郎さん等著名9氏がよびかけた集会です。六万人の参加だったそうです。私も連れ合いとともに参加しました。人、人、人の波で歩くのもままならない状態で、開会時間よりずいぶん早く着いたのに、結局会場内には入れませんでした。すごい集会でした。会場への途中で興味深い出会いがありました。都営大江戸線新宿駅のホームで紺色のTシャツをきた若者に「デモに行くんですか」と声をかけられました。「そうですけど、どうして?」と問い返すと、「なんとなく雰囲気で」の答え。私はこの日、友人が縫ってくれたピンクのチュニックで“大人カワイク”決めたつもりだったので「ン!」と詰まってしまいました。でも確認しなくては、と思い「集会のことは何で知ったの」と聞きました。「ネットです。3月の原発事故の後、このままでは日本は滅ぶと思い、原発なくそうの集会は全部参加してます。じっとしてはいられません」と答えてくれました。そして「9月11日の素人の乱がよびかけた集会も行きました。あの時は、逮捕者が出ましたが、おかしいのは集会に来た人達は逮捕されるような行動はしていなかったんですよ。警察の方が厳しく規制してトイレにも行けなかったのに」と、その時の様子を教えてくれました。電車に乗り、わずか2駅の間の短い話し合いで一致したのは、①東電と国は国民をバカにしている②今、私達は1人でも多くの人にこの国の現実を訴え、原発はいらないの声を広げ実現すること、でした。なぜか、おとなしくそばで聞いていた連れ合いは、あとから「安保反対のたたかいを思い出す」などと言っていました。私達は70年安保の世代ですが、あの時よりももっともっと大きな運動を起こして「さよなら原発」を実現する時だ、と思いました。

素敵な若者との出会いでした。

ゴーヤ

2011 年 9 月 19 日 月曜日

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ニガウリです。朝顔とともにグリーンカーテンの立役者、濃い緑の葉が夏の強烈な日差しを遮ってくれます。今年は節電対策にゴーヤを植えた人が多かったのではないでしょうか。知人が「100個以上収穫があった」と、もぎたてを分けてくれました。ゴーヤの苦味は味わい深いです。テレビで、被災地の仮設住宅に朝顔を植えている様子が映されていました。9月が来て、朝顔の葉は黄色にかわりつつありました。仮設住宅の夏は、私達以上に暑かったでしょう。

ゲンノショウコ

2011 年 9 月 13 日 火曜日

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「らいてふの家」のまわりにたくさん咲いていたゲンノショウコです。高い山に咲くグンナイフウロやハクサンフウロの仲間で、薬草としても良く知られています。昨日は、3月11日から6ケ月、同時多発テロから10年目の日でした。大震災と津波による死者・行方不明者は約2万人、同時多発テロで犠牲になった人は3000人近く、その後のアフガン・イラク戦争では控えめに計算しても兵士と民間人合わせて22万5000人が犠牲になったと言われています。痛ましいことです。昨日は久しぶりに読書に励みました。短歌の師、碓田のぼる先生著の「かく歌い来て」を読みました。山上憶良の歌を論じた章に「生の極めて貴く、命の至りて重きこと」の文が引用されています。6ケ月、10年という特別な日に万葉詩人の命への思いを知りました。

「青鞜」創刊100周年記念祝祭

2011 年 9 月 6 日 火曜日

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大型台風によってまた甚大な被害が出ました。死者37人、不明者55人と報じられています。お悔やみとお見舞いを申し上げます。私は9月4日、長野県上田市の「らいてうの家」に行きました。東京文京区で、平塚雷鳥ら5人の女性達が発起人になって、雑誌「青鞜」が創刊したのが100年前の9月、それを記念して祝祭が開かれました。先輩の西田ミヨ子さんが招かれて歌うことになり、そのお手伝いも兼ねての参加でした。ブログの短い文章では言い表わせない素敵な集いでした。地元の合唱団2組の皆さんのコーラス、西田さんの独唱、そして「夏の会」所属の3人の女優さん(柳川慶子さん、高田敏江さん、長内美那子さん)と地元小学生の朗読はといずれも心に残る熱演でした。台風12号の影響で空は曇り、強い風が吹いていました。標高1000メートルを越す高原の風は冷たかったけれど、雨と寒さを吹き飛ばした祝祭でした。「らいてうの家」は、平和と平等を求めるたくさんの女性達の力で「自分らしく生きる」をキーワードに運営されています。館長の米田小夜子さんが挨拶で、この運営のあり方を「世にも不思議な協同」と説明されました。足を運んで見ると、その通りだと納得です。学び思索することを問いかけてくれる場所です。近くの草むらにはウド、ゲンノショウコ、ギボシ、ガクアジサイ、キツリフネ草など色とりどりの花が咲いていました。何枚も写した写真の中から選んでアップします。「私の主人は私自身」と言って女性達を励ました雷鳥は、今も私達の中で生きています。

キキョウ

2011 年 9 月 1 日 木曜日

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キキョウが残暑の強い日差しを受けて一輪咲いています。今はまだ、暑さに閉口していますが、秋は涼しさを伴ってそこまで来ているようです。民主党の代表が代わりましたが、くらしに癒しを運んでくるのを期待するのは無理な内閣になりそうです。野田氏は、消費税増税、原発「再稼働」容認、自民党・公明党との大連立推進など2年前の政権交代時に比べて「あの時の民主党の約束はなんだったの?」と言いたくなる政治姿勢です。「大連立」で数の力に頼るのではなく、国民の知恵とエネルギーを結集して国難を打開する政治が求められています。9月は、4日に上田市で「青鞜」創刊百周年祝祭、19日に明治公園で「さよなら原発集会」が開かれます。秋の運動で忙しくなりそうです。