2011 年 8 月 のアーカイブ

突然、富士山へ

2011 年 8 月 25 日 木曜日

e5af8ce5a3ab

中学時代の友人から富士登山に誘われました。この数年、山歩きをする間もなく過ごして来たので嬉しくなり、二つ返事で同行しました。吉田口でガイドさんの説明を受けて登頂開始。「日本一の山を甘くみたかな」と自省の念にかられ始めたのは七号目あたりからでした。足に違和感が起き持ち上がりにくくなってガイドさんの足跡をたどるのが、やっとという状態になってしまいました。早くはないけど、きちんと歩ける自信がありましたから、筋力の衰えが少しショックでした。雨カッパを着用する必要がないくらいの雨を受けながら登りつめて行くと、雲が足下になり雲海が白くどこまでも広がっていました。「頭を雲の上に出し…」の歌のような景色です。夕刻から点々と見えていた星が、夜にはプラネタリウムのような見事な星の世界をつくってくれました。標高3400メートルの位置にいる素晴らしさを星の大きさと数が教えてくれました。元気いっぱいの友人は「必ず頂上に立つ」意欲に満ちていたのですが、深夜から風雨が激しくなり、ついに朝4時、ガイドさんが「登頂断念」を宣言。友人は悔しがっていたけど、私は正直なところ「ほっとした」という気持ちでした。3000メートル峰は幾つも経験しましたが、3776メートルの高さは「さすが!」と感じるものがありました。それにしても、富士山は山ガール達でいっぱいでした。秀麗な富士山にひけを取らない美しい乙女達にたくさん会えたのも楽しいことでした。山を下りて来て、リビアのカダフィ独裁政権崩壊と、衆議院本会議で再生可能エネルギー買い取り法案が全会一致で可決されたことをニュースで知りました。「国を動かすのは国民の声」ですね。富士山は、いつの日か必ず頂上を極めてみよう、と固く思っています。

アーサー・ビナードさん講演会

2011 年 8 月 22 日 月曜日

e688a6e4ba89e5b195efbc91e688a6e4ba89e5b195efbc92

 

 

 

 

 

20日午後、「もしも・・・プルトニウムがなかったら」のテーマで、アーサー・ビナードさんの講演会が船堀タワーホールで開かれました。「平和のための戦争展」実行委員会が主催しました。ビナードさんはアメリカ生まれ、日本大好きの人です。原発と核兵器のことや原発推進勢力の真のねらいなどについて、ユーモアを交えて親しみやすく明解に話してくださいました。「原子力の平和利用」という言葉に惑わされないで、今こそ日本の国のあり方を一人一人が真剣に考える時を迎えていると、お話を聞いて納得。しっかり学び目を開き、多くの人と語り合わなくてはなりません。「嫌われ者の一人の詩人の力は限りがあります。みんなでおしゃべりの輪を広げましょう」と笑顔で呼び掛けたビナードさんは、とてもスマートな方でした。私も昨年に引き続いて、新日本歌人協会江戸川支部の一員として参加しました。

灯籠流し

2011 年 8 月 18 日 木曜日

e781afe7b1a0

15日夜、旧中川の灯籠流しに行きました。東京大空襲の犠牲者追悼の祈りから始まった鎮魂の行事です。今年は、東日本大震災で亡くなった人の慰霊の思いもあり、いつもの年より参加者が多かったそうです。私は灯籠舟に「戦争・核兵器・原発がない世界を」と書きました。放射能禍への怒りを込めて、黄色いヒマワリの絵も描きました。しかし、どうみても菊の花にしか見えない出来栄えでした。小俣のりこ区議は、力強く飛び立つ鳩の絵を上手に書いていました。まわりから「ヒマワリに見えるわよ」と慰めてもらいました。東日本大震災では、まだ4700人近い人が行方不明です。ロウソクの灯りでオレンジ色に染まった灯籠舟が列をなして流れていく様に涙が流れました。

5ケ月

2011 年 8 月 12 日 金曜日

efbc95e383b5e69c88

昨日11日は、東日本大震災から5カ月目の日でした。仮設住宅の前で黙祷する人達がテレビに映し出されていました。1週間前に仙台・若林区で見た仮設住宅の様子を思い出しました。仙台では、公衆トイレがある公園に仮設住宅を作ったのだそうです。仮設住宅近くの住民は「仮設は暑くて、この季節にエアコンが効かないらしい。気の毒だ」と心配していました。夜にトイレに行けば、蚊などに刺されるでしょうし、高齢者は暗闇で転倒するかも知れません。仮設住宅には、2年間くらい住むのが一応の目処だそうです。冬の季節がくれば、雪をかきわけてトイレに行くことになりますから、想像するだけでも大変なことです。健康を害する人が出ないよう祈るばかりです。「被災地と心一つに!」は全ての人の思いです。救援・復興の取り組みをいささかも弱めないように心したいものです。昨日、今日と事務所の近くの方が「救援物資です」とたくさんの品を運んでくださいました。ありがたくいただきました。救援活動と合わせ、政治を変えて命を守る国づくりにも力を入れなくてはなりません。わが家の近くのある畑に、カボチャの花が咲いています。盛夏です。

仙台に行きました

2011 年 8 月 7 日 日曜日

e4bb99e58fb0efbc91e4bb99e58fb0efbc92

 

 

 

 

e4bb99e58fb0efbc93

e4bb99e58fb0efbc94

 

 

 

 

 

 

仙台市は東日本大震災の被害が大きく、4月の一斉選が延期になり、この19日から市議会議員選挙が始まります。26歳のさわやかな新人候補者・庄司あかりさんを応援に行きました。私達にできることはビラ配りくらいだから、1日中各戸にビラを届ける活動をしました。仙台市の中でも若林区が最も被害が大きかったと聞いていましたが、地震の傷痕が至る所に残っていました。公園に建てた仮設住宅にも行きましたが、復興はまだまだ先が見えないのが、ありありとわかりました。写真は、損壊した建物、道におかれたままの屋根瓦などです。私が行った地域に江戸時代の横綱、谷風梶右衛門のお墓がありました。谷風は身長190センチメートル、体重176キログラムの巨漢だったそうです。名横綱のお墓の石も斜めにずれ動いた状態でした。一緒に活動した人達と、テレビや新聞で知った以上の惨状だね、と話し合いました。こうしたなかでも、地域の人達は生活再建に努力しています。田んぼの稲は青々と育ち、風が涼しく渡って来ました。一人一人の暮らしに希望が持てる日が1日でも早くくるよう願いました。

フクシマ・ガンバレ

2011 年 8 月 1 日 月曜日

e38395e382afe382b7e3839e

今朝3時54分、大きな地震がありました。震源地の福島県は震度5強。私の家も大きく揺れました。それにしても福島県は災害続きです。地震、津波、原発事故の上に、この数日の豪雨で甚大な被害が出ています。天から地から海から、そして人間から攻めたてられているような福島県の人達が本当に気の毒です。豪雨災害は新潟県も大変です。米どころの両県の農家は途方にくれているでしょう。だけど「諦めない」で、立ち上がってくださるよう願います。お見舞いの心を添えて、江戸川区内に咲いている花の写真をアップします。