2010 年 3 月 のアーカイブ

花がいっぱい

2010 年 3 月 28 日 日曜日

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一之江・境川親水公園を流れに沿って歩くと、木々が芽吹き、花がたくさん咲いていました。桃、コブシ、花ニラ等々……どの花を撮ろうか、と迷い走り回ってしまいました。我が家では水撒きだけで育てているプランターの植物が次々と開花です。ムスカリ、シンビジューム、それからカネノナルキと、ご覧の通りです。花の写真を撮るのは嬉しい仕事。でも、この季節は数えきれない花々が開くから忙しくもあります。今、参議院選挙は戦いの最中。東京から小池あきらさんを国会へ、と街を駆け歩いているおかげで、こんなにいっぱいの花達に会えるのは幸せなことです。4月10日、夜6時半、タワーホールで小池あきらさんがお話する演説会に多くの方が来てくださいますように!

オドリコソウ

2010 年 3 月 24 日 水曜日

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春に咲く紫の花、イヌフグリ、ジュウニヒトエ、スミレなどは多くの人に愛されています。私は、少しひょうきんな感じがするオドリコソウが好きです。江戸川5丁目に越してきた二十数年前、あちこちの空き地にこの花が群れて咲いていました。宅地化が進むとともに、オドリコソウは少なくなりました。3月23日付け「しんぶん赤旗」のコラム欄に、生物多様性についての日本学術会議提言が紹介されています。「人間の活動の影響により、自然の絶滅速度の1000倍もの速度で絶滅が進行する未曾有の大絶滅時代」と極めて特異な時代に私達が生きているとの指摘は、やはり衝撃です。オドリコソウだけでなく、身近で親しんできた草花や動物に異変が起きています。つい最近も「スズメの数が激減した」との報道がありました。人と生物が共生できる街づくりや社会のあり方を、深く考えていかなければならない時代です。小さな姿で心を和ませてくれているオドリコソウに触れながら、年間に推定でも4万種もの種が絶滅しつつある現状に歯止めをかけたい、と強く思いました。

ユキヤナギ

2010 年 3 月 19 日 金曜日

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白雪か白雲か、すごいボリュームで咲いたユキヤナギです。花びらがこぼれてきそう。一気に春です。生活にも暖かい春を呼びたいな。

白木蓮も咲きました。

2010 年 3 月 18 日 木曜日

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お向かいの庭に、この花が咲くと「春だなあ」と毎年思います。私は長い間、コブシの花と思って眺めていたのですが、何年か前に花の姿が違うのに気付きました。でも、白くやわらかな花の下を「コブシの花が咲く頃は、みんな学校にあがる頃・・・」と、子どもの時に覚えた歌を口ずさみながら歩いています。子ども達の卒業、入学の季節。新年度は、子ども手当が実施されますが、保育、教育、医療など子どもの健やかな成長を保障する社会環境を整えたいですね。

さくらが咲きました

2010 年 3 月 16 日 火曜日

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3月12日、希望の家の前を通ったら、新川の川岸のさくらが満開でした。「なんと気が早い」と驚きました。でも、区内を歩くと左近川のほとりや公園などで満開のさくらがいっぱいなのに気が付きました。開花の時期が、今年は2週間近く早まっている感じです。地球温暖化のあらわれでしょうか。それにしても、春が来たのは嬉しいことです。花曇りの空の下で写した新川のさくらは白い色でした。

65年目の3月10日

2010 年 3 月 11 日 木曜日

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この数日、東京大空襲に関する報道が続いています。海老名香葉子さんが、上野公園の「時忘れじの塔」の前で、悲しい体験を涙を浮かべて語られた姿を見て、母を思い出しました。私の母方の伯父一家は、あの空襲の夜、大八車に家財道具を積んで逃げていたのを見た人はいたのですが、どんなに探しても消息がわからないままです。母は長い間、伯父達を偲んで3月10日日なると毎年、墨田区の都慰霊堂にお参りに行っていました。海老名さんは「何年たっても悲しみはわすれられません」と話されていますが、母も同じ思いだったでしょう。先日、ラジオを聞いていたら、藤田まことさんの生前のトーク番組が放送されていました。藤田さんのお兄様は、17歳の時に沖縄で戦死。お兄様の慰霊に沖縄を訪ねた藤田さんは「日本は未来永劫、戦争をしない国になったから安心して眠ってください」と海に向かってよびかけたそうです。数え切れない多くの人の命が犠牲になり、悲しみがもたらされた戦争の誤りを繰り返さない、との誓いの下に憲法9条が定められました。藤田さんが亡きお
兄様によびかけたように、未来永劫、9条の大切さを心に刻んで生きて行こう、と放送を聞きながら思いを強くしました。9日の夜は雪混じりの雨と強風にみまわれました。65年前の3月10日の惨状を想像しながら、雪の後の街を歩きました。寒さはまだ厳しいけれど、春は確かに来ています。ふわーっと甘い香りを漂わせて沈丁花があちこちに咲いています。戦争がない世界を願いながら、白い沈丁花を写しました。

ミモザは黄色

2010 年 3 月 9 日 火曜日

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新婦人江戸川支部事務局長の頃、ミモザの黄色い花を胸に飾って、3月8日の国際婦人デーの行進に加わりました。今は「国際女性の日」というそうです。国連が1975年に定めたそうですが、起源はもっとさかのぼって、1857年3月8日に、ニューヨークの縫製工場で働いていた女性達がミモザの花をかざして、労働環境の改善と賃金引き上げを要求してストライキに立ち上がって以来、女性達の連帯の日になった歴史があります。1857年と言えば、明治維新の約10年前です。産業革命の渦の中で労働に勤しんだアメリカの女性達は一足早く社会的行動に立ち上がることを学んだのでしょうか。1975年の「国連女性の10年」の取り組み以降、日本でも女性の地位向上への努力が続いて来ました。しかし、国際比較ではまだ立ち遅れが著しいのも、はっきりしています。ミモザのやわらかな黄色い花は、真の男女共同参画を求めてやまない多くの女性達の励ましになっています。南葛西の街に咲いていたミモザの花をブログに飾ります。

シンビジューム

2010 年 3 月 5 日 金曜日

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時々水をさす以外、何も面倒をみないのに、毎年、花を咲かせてくれます。「夏は50%遮光する」のが花芽がつく大事な条件だそうですが、北向きの我が家はその環境になっているのかもしれません。もうすぐ、美しい開花が見られます。この花は、東京母親連絡会の大橋美枝子さんから10数年前にいただきました。うす桃色の花をほめてくださった方に、株分けしたこともあります。蕾が開いたら、またお見せします。